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事故後の経緯 −その1− 2005年11月14日(月)

わたわたと色んな出来事が、あっという間に過ぎていってしまったので、『わすれないように』備忘録として経過を書いておこうと思います。

【11/7】
AM12:40頃事故発生。
2車線の左側から更に左側の路肩(結構幅は広い)に車線を変えた途端、何が起きたかも良く解らないまま転倒。
転倒後に自分より前に転がっているバイクと転倒者がいる事で、追突されたと判断した。
バイクは自分の下半身の上に乗っかっていた。
以前、横から飛び出してきた自動車に突っ込んで事故を起こし、転倒後すぐにバイクのガソリンに火がついた事故を後方から目撃したことがあるので、自分のバイクの状態を確認しようとしたら、案の定タンクのキャップからガソリンがにじみ出ていた。
しかも、まだエンジンがかかったままになっていたので、激痛の中、何とかエンジンのキルスイッチをOFFにしてエンジンを停めた。
我ながら冷静な判断が出来たと思う。

激痛に耐えながら、何とかバイクから左足を引き抜こうとするが、痛みのあまり力が入らなかった。
何とか引き抜き、そのまま地面に座り込んでいたら、付近の人が交通の邪魔にならないようにバイクを押してよけてくれた。
その時にエンジンのクランクケースからオイルがボタボタ垂れている事を目撃し、下手すると廃車だなと思った。

また、他の人が119番通報をして下さり、事故後7〜8分位で最初に救急車が到着。更に2分後位にパトカーが到着。バイクのキーを渡し、怪我が治ってからでいいので、警察署に出頭するように言われた。
救急車が来るまでは、会社への報告、同居人への報告、自分の加入している任意保険会社への電話をかけた。

救急隊員からは、生年月日や名前を聞かれる、いわゆるバイタルチェックを受けたのだが、天然ボケのせいで今日の日付に答えられなかった。

そんなこんなで、事故相手の方(20歳学生:K君と呼ぼう)と隣同士の席で救急車に乗せられ、井の頭通り沿いにある救急指定病院の「樺島病院」へと搬送される。
K君は至って冷静だった。

病院到着後、X線写真(レントゲン)に続いてMRI(連続断面写真)の検査を受け、一番痛みを感じていたくるぶしあたりの骨折はしていないと言われた。
しかし、MRIが終わり、診察の待ち時間の合間にふくらはぎがどんどん浮腫んで来て、ひざから下を動かすとひざの下の筋に激痛が走るようになった。
この事を医師に告げると、「それでは取り敢えず足を固定するのでまた明日ひざ部分のMRI検査を受けるように言われた。
傷の部分の消毒などの処置をした後に、ひざとかかとが動かないように簡易(?)ギプスをつけられ、診断終了。

経過の報告を会社と同居人と保険会社に連絡。
帰りのタクシーがなかなか来ない。
冬の夕暮れは早く、既に夜空が天を支配する頃、ようやくタクシーが来てくれた。

その2に続く

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