先週末の思い出・・・忘れないように
『土曜日』 午後2:45に予約が入ってた病院に2:55ごろ到着。 あんまり待たされる事無く診察を受けた。 薬の量は変わらず。 「気持ちが落ち込む事はありませんか?」との問いには、「たまに」と答える。 でも、薬の量を増やされてからは、本当に体調がラクに感じる。
基本的にこの手合いの病気には最長で2週間分しか薬を処方出来ないらしく、いつもは2週間ごとに診察を受けて2週間分の栗が処方される。 でも、そうすると今回はお盆休みに突入してしまうので、別の日に診察を受けた事にして(非合法?)、最大の4週間分の薬を処方される事になった。 一度にほぼ一月分の薬を出されると、さすがにかさばるな。
病院からの帰りに、いつものスタンドでガソリン満タン。 前回、チェーンの張り調整をしてもらった時の店の人に言われた時にも、自力でのブレーキパッド交換が出来ず(インパクトレンチ欲しい)、近所のバイク屋さんで交換してもらった時にも言われた『クラッチケーブルがそっろそろやばい』ということで、もともと交換しようと用意していたケーブルを自力で交換する事にした。
チビたちが八王子の実家で待っているだろうなーと思いつつも、試行錯誤で何とか交換完了。 爪と皮膚のすきまに入り込んだ黒いオイルが取れなかったけど、まあいいや、と思いつつお出かけ準備完了。 クラッチワイヤーの動きの確認も兼ねて、八王子までバイクで行くことにした。
自分で交換したこともあって、クラッチが心配だったけど、問題なし。 調布から八王子までの高速料金は500円だ。 軽自動車と同じ料金を取られるのはなんだか納得出来ないけど・・・160キロ出したからまあいいや。 軽自動車で160キロ出すのは多分無理だろうしね。 160キロ出すと、さすがに空気の壁が物凄い。 あっという間に八王子インターを降り、実家へ。
食事を済ませて子供たちを寝かしつけた後、姉貴と話をした。 姉貴曰く、病院に行くまでの事ではなかったものの、姉貴も精神的な負担から不眠症になり、5〜6年かかってやっと治ったらしい。 職場にしても、両親・兄弟にしても、病気についての理解があるので、とても助かる。
『日曜日』 子供たちの朝は早い。 予定通り7時頃に起きて、8時半ごろには「秋川サマーランド」に予定通り出発した。
沙耶が車の中に置き忘れた水着と浮き輪を買ってあげた。 案の定悠里が「沙耶ばっかりずるい」と言い出したので、「後で欲しいもの買ってあげるから」、と言い訳してその場をしのぐ。
プールは2年ぶり。 その時も悠里と沙耶と一緒だった。 一時間毎に行われる「波の出るプール」をまず最初に味わう。 悠里はさすがに一人でも大丈夫そうだったが、沙耶の面倒は自分が行った。 流れるプールの時もそうなんだけれど、姉貴の子供たちと自分の子供たちを見失わないように一生懸命だった。 『親が子を守る意識』を久しぶりに思い出した。
曇りがちな日だったけど、肌の弱い自分には充分に強い紫外線だった。 手と肩と背中が日焼けで痛くて、3時ごろにはギブアップ。父親と姉貴に子供たちの面倒を見てもらい、荷物を置いてある場所に行った。
そして帰宅。 悠里は自分の分の物を買ってもらっていない事を俺に訴える。こういうちゃっかりした事は誰に似たんだろう・・・ 仕方がないので「お小遣い」をあげることにした。
手元にあった千円札は6枚。 まず、悠里には「沙耶の買い物分」として2千円を与える。 そして、残った4千円を半分ずつ与えた。 でも、それが沙耶には不服だったらしく、泣き出してしまった。 そこで悠里に聞こえないように沙耶に買い与えた額が本当は4千円以上だった事を伝えた。 それでもまだ不服だった沙耶に財布の中に一枚だけ残しておいた(帰りの高速代の)千円を与えると、やっと満足したらしく、涙は止まった。
夕食は回転寿司。 今度は俺の母親も同乗して出かけた。 満腹。
さすがに子供たちも疲れたようで、9時ごろには就寝。 そこで、なかなか寝付けない沙耶がまた一言。 「ね〜パパー、うち、パパと一緒に黒部で住みたい」 この時点で、涙腺のスイッチが壊れた。 「悠里も沙耶もパパの大切な宝物だよ。」 しばらく泣いた。
布団の敷いてある部屋へ移動。 沙耶がまた切なくなるような一言。 「ね〜パパー、沙耶が寝てからバイクで帰ってね」 沙耶は別れるのが辛い気持ちをストレートに口に出す。 また涙腺がゆるくなった。
しばらく経って、沙耶が眠りに落ちた。 ぎゅっと俺の親指をつかまんだまま眠りに落ちた沙耶の手をそうっと離して、両親としばし話をして、帰路につく。
上半身全部が日焼けで赤く腫れ上がった痛みを我慢して眠りについた。
でも、本当は絆が痛い。 |
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