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自由の値段 2007年06月17日(日)

この3週間ほど、かつて経験した事のないような極貧生活を送っている。

過去を遡って元を正せば、全ての根源は自分自身にある訳だから、誰にも文句を言う筋合いはないのだけれど・・・

日本人が世界に誇れるもの、それは、『「察し」と「和」の精神』だと、以前耳にした事がある。
全く以って賛成だ。

事実、自分が「友」だと(勝手に)思ってる人達は、老若男女を問わず、表現手段こそ違えど、言葉や態度でその精神を感じる人達ばかりだ。

だけど・・・

共に暮らすパートナーとなると、少々勝手が違ってくる。
互いの主義・価値観の相違や異なる環境で人格が形成されて来た事、そして、過去の事情はしょうがない事だと思える。

けれど、共生では、互いの利害関係や思い描く将来像の差異、そして馴れ合いの中で甘えが生じ、何より相手の「地」が良く見えてくる。
勿論、非は相手だけにある訳ではない。

自分で言うのも気が引けるが、こう見えても案外、義理と人情にはうるさい方だと思う。
そして俺は「間違った慈悲」をかける天才だ。

あくまでも己の価値観の上での話しだけれど、自分は「間違った慈悲」をパートナーに対してかける事で、「和」を保って来た様な気がする。

慈悲をかけるという事は、その時点で自分が相手よりも上の立場にあると言う事が前提だから、この時点で自分は既に思い上がって居たのかも知れない。

でも、敢えて書かせて貰うとすれば、慈悲をかけたにも拘らず、義理と人情に欠けた発言や態度を感じ取った途端、愛は負の方向へと傾く。
自分の場合、それは減点方式だ。

自分は性格上、その減点を溜め込んでしまう。
導火線は長い方だと思うが、その減点が一定線を越えると、もう「勝手にしろ」状態に陥る。

別れたかみさんは、馴れ合いの中で甘えて居た自分の「自由の値段」を思い知らされていると信じたい。
そして、人として一回りも二回りも成長していると信じたい。

そして、これからそれを知る事になるであろう同居人よ・・・
恋愛感情を失ってなお、貴方の将来が心配です。

「何とかなる」が口癖の貴方。
○トゥーンのライブに2日連続で行くのが、貴方のストレス発散である事は解っている。
あなたの稼いだ金だし、それは貴方の勝手だ。

でもそれが、どうして「今」なのか?
そのツケを払っているのは誰なのか?
もう一度考えて欲しい。

もう貴方の将来を背負う事は出来ないから。

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